「小さいおうち」~「小さいおうち」が意味するものとは?

小さなおうち

2014年1月に公開された山田洋次監督の「小さいおうち」のDVDが発売されました。
女中タキを演じた黒木華(はる)さんが第64回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(最優秀女優賞)を受賞したこと
でも話題となりましたね。原作は中島京子さんの同名小説で、2010年の直木賞受賞作です。
さらにこの作品はアメリカの絵本作家バージニア・リー・バートンが1942年に出版した『The Little House』へのオマージュとなっており、日本では1954年に石井桃子さんの訳で『ちいさいおうち』として出版されています。

この絵本の主人公は丘の上に建った「ちいさいおうち」です。四季折々の変化と共に幸せに暮らしていた「ちいさいおうち」ですが、やがてそばに道が敷かれ、車が通るようになり、家が建ち並んで、電車や地下鉄が走り、とうとう「ちいさいおうち」は林立するビルの狭間に取り残されるようになり・・・という内容です。

そういえば蛇足ですが、山田監督の前作「東京家族」で次男の恋人役蒼井優さんが勤める本屋のシーンで、この絵本が小道具として使われていましたっけ。

さて、映画の「小さいおうち」のほうは、その中で暮らす人々が主人公です。
玩具会社の常務になった旦那様と若く美しい奥様とそのぼっちゃん、そこに住み込みで働く女中のタキ。
物語は年を取ったタキが昔を振り返って書き記したノートを読み進むことで綴られていきます。

目からウロコの時代感覚

映画の中で甥の息子を演じる妻夫木聡さんが言っているように、戦前の日本への印象をガラリと変える時代背景が描かれていて、その意味でも貴重な映画です。戦争へと突き進む真っ暗な時代だとばかり思いきや、市井の人々の暮らしはのびやかで、豊かで、活気に溢れていたことが驚きです。作家の中島京子さんはこのあたりに興味を持ってよくお調べになったようです。(朝日新聞8月8日付け記事参照)
都市と地方の格差は歴然とあり、ある意味地方出身者が都会の暮らしを底辺で支えていたからこその豊かさとも言えますが、松たか子さん演じる若奥様の暮らしぶりを通して、和洋折衷文化の華やかさが画面から伝わってきます。そして、経済の活況に浮き足立つ当時の人々ののん気さが現在の日本を彷彿させ、ぞわりとした不気味ささえ感じます。
時代はらせん状にぐるりとひと回りして、よく似た状況を作り出すものなのでしょうか。もし私たちが歴史に学ぶという姿勢を忘れたら、再び大きな悲劇を繰り返さないとも限りません。

タキが守ったもの、守れなかったもの

物語は「小さいおうち」を揺るがす不倫騒動を語ってゆきます。
旦那様と同じ会社でデザイナーとして働く板倉という芸術家タイプの男の登場が波紋を広げるのです。
女中という仕事に大きな責任感を持っていたタキは、いざとなれば身を挺しても家を守る覚悟でいました。奥様と板倉の仲を知ったタキは、時局柄許されようもない展開を押しとどめるため、ある行動を起こします。そしてそれは死ぬまで隠し通されたのです。

タキの死後、手記と未開封のまま残された手紙によって、タキがあの世に持っていった秘密が明らかになります。タキが命がけで守り通したもの、それは「小さいおうち」での幸福な日々でした。それは不倫の噂で汚されることなく、戦災で灰になるまで守られたのです。

外からは平和そうに見える「小さいおうち」の中にも、実はそれなりにいろいろあって、崩壊の危機をはらんでいます。タキのような人間がそこにいれば、それを未然に防ぐこともできましょう。
しかしタキのような人間がいくらいても、外側で起こる大きな出来事を防ぐことはできません。
ビルの狭間に取り残されたバージニア・リー・バートンの「ちいさいおうち」のように、外側の世界と関係なく幸福でありつづけることは不可能なのです。
タキが守ろうとした「小さいおうち」は戦災であっけなく焼け落ち、奥様は旦那様と共にそこで亡くなりました。

繰り返されたセリフの意味とは?

晩年のタキを演じる倍賞千恵子さんが「私は長く生きすぎた」と言って泣くシーンがあります。
映画の終盤、手記を書き終えたところで1回、そして最後にもう一度このシーンが繰り返されています。
これはなぜでしょう?
このシーンにこそ、山田監督の一番伝えたかったことが含まれているからではないでしょうか。

タキはなぜ「長く生きすぎた」と感じたのか、そして涙の訳とは?

多くの人がレビューなどで語っているのは、手紙を渡さなかったことへの罪の意識です。なぜ渡さなかったのかについては、女中としての責任感からとする人、板倉への思慕、奥様との疑似恋愛を推察する人、様々です。それは原作でも明らかにされていません。どれもありそうですが、「長く生きすぎた」というセリフの説明としては不十分です。

私はここに「老いの悲しみ」を読み取りたいと思うのです。
周囲の変化に取り残され朽ちてゆくバージニア・リー・バートンの「ちいさいおうち」が、その象徴です。

絵本の「ちいさいおうち」は、救い出してくれる人が現れハッピーエンドとなりますが、映画の「小さいおうち」は戦災で奥様と共に焼け落ちてしまいます。幸福の象徴だった「小さいおうち」が焼け落ちたあとの日々は、「たいせつなことを追い越してしまったあとの日々」なのです。
幸せだった日々は遠くなるばかりで、周囲の変化についていけず取り残される悲しみを、晩年のタキは嘆いていたのではないでしょうか。

そしてこれも蛇足ですが、山田監督にとっての「小さいおうち」とは何だったのかを考えてみたくなるのです。
それはもしかしたら、柴又の帝釈天の近くにあるあのだんご屋なのかもしれません。

キャスト

監督・脚本:山田洋次
脚本:平松恵美子
原作:中島京子
音楽:久石譲
出演:松たか子 黒木華 片岡孝太郎 吉岡秀隆 妻夫木聡 倍賞千恵子

この記事を書いた人

くりちゃん
くりちゃん著者
映画を見たり、本を読んだり、音楽を聴いて気ままに暮らし、ときどきこうしてレビューなんぞが書けたら最高。酸いも甘いもかみ分けた大人のレビューが書けるといいなあ。
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