【8点】「紙の月」~窓の向こうに自由はあるか~
いきなりラストシーンから書いてしまいます。映画未鑑賞の方は読まない方がよいかもです。
夫と2人暮らしの梅澤梨花(宮沢りえ)は心の空虚感を埋めるため、契約社員として努めていた銀行で多額の金を着服し若い男に貢いだ挙げ句、それが発覚するや銀行の会議室の窓ガラスを割り逃げ出します。
ラストは東南アジアのある町中で、人ごみの中に消えていく梨花のシーンです。
はたして梨花は逃げおおせるのでしょうか?
原作は
原作はタイのチェンマイをさまよう梨花の姿から始まっています。
「人がひとり、世界から姿を消すことなんてかんたんなのではないか」と。そして、
「私にはなんでもできる。どこへでもいける。ほしいものはみな手に入る。いや、違う、ほしいものはすべて、すでにこの手のなかにある」という万能感に浸っています。
梨花はこの万能感を、つまり完璧な自由を手に入れたかったのだということがわかります。
そのためにどれだけの代償を払ったのかについて、原作は複数の人物の眼を通して語り、映画は梨花にズームアップすることで、歯止めの効かなくなった女の欲望を効果的な音楽で高揚感を表しながら伝えています。
女たちの群像
映画にも原作にも、様々な女たちが登場します。
小林聡美さん演じるお局的存在の銀行員。自由が手に入ったら何をしたいかと梨花に尋ねられて「徹夜」と答えます。翌朝のことを気にかけることなく思いっきり徹夜してみたいと。徹夜で何がしたいのかは問われません。ネジをキリリと巻き上げて生きてきた彼女の人生が思われます。職能を正当に評価されることなく、本店の閑職に追いやられることも冷静に受け止めているこの人の目に、梨花の姿はどう映るのでしょう。
大島優子さん演じる今どきのちゃっかり娘。「ありがちな」不倫の末、さっさと寿退社しちゃう身のこなし。
さらに原作には、住宅ローンと子供の教育費のため一円でも安いスーパーをはしごする専業主婦や、自分が受けてきたぜいたくを子供たちにしてやれない不満を夫にぶつける主婦が。
また、不妊治療の末子供に恵まれたものの買い物依存症となって離婚を余儀なくされた梨花の友人は、出版社に職を得て悠々自適の一人暮らし。これでいいのだと思いつつも、満たされぬ心を買い物で埋めています。
たまに会う娘にかっこいい母親と見られたくて、目一杯若作りして欲しいものを買い与えますが、思春期に入った娘が自分を母親というより「財布」として見ていることに気づき、愕然とします。
彼女たちは何を夢見て生きているのでしょう?
女のしあわせはどこにあるのでしょう?
紙の月とは
それは「嘘っぱちの月」
梅澤梨花が手に入れたものも、嘘っぱちのしあわせでした。
タイのチェンマイで感じた万能感も、ほんの一瞬のことにすぎません。
梨花は、安宿を転々としながら誰かがつかまえてくれるのを待つ「逃亡者」にすぎないのです。
映画はこの点を曖昧にしたまま終わっています。
梨花に逃げおおせて欲しいという密かな思いが込められているのかもしれませんね。
主な出演者
梅澤梨花 宮沢りえ(出演作品)
平林光太 池松壮亮(出演作品)
相川恵子 大島優子(出演作品)
この記事を書いた人
- 映画を見たり、本を読んだり、音楽を聴いて気ままに暮らし、ときどきこうしてレビューなんぞが書けたら最高。酸いも甘いもかみ分けた大人のレビューが書けるといいなあ。
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