【7点】「柘榴坂の仇討」~原作の甘さはいかんともしがたい~

柘榴坂の仇討

一見重厚な映画でした。

主人公を始め登場人物の思いが深々と伝わってくる静かで美しい映像と、それを引き立たせる音楽と、何よりも中井貴一さん、阿部寛さんら出演者の役を生きる姿が、ピリッとした緊張感と人間味を伝えています。
安政7年(1860年)3月3日に起きた桜田門外の変を題材にした浅田次郎氏の短編を元に、主君を討たれた志村金吾(中井貴一)が仇討ちに費やした13年間を濃密な2時間にまとめあげたものです。

金吾は御駕篭回り(おかごまわり)の近習(きんじゅう)でありながら主君である大老井伊直弼(中村吉右衛門)を守りきれませんでした。彼は切腹することも許されず「仇を討て」と命じられ、すでに13年の年月を費やしながらいまだ果たせず、時代は明治の6年となっています。
その時のフラッシュバックに苦しみつつ、妻(広末涼子)と貧しい暮らしを続ける金吾でしたが、生存が伝えられている水戸浪士の残る1人の消息をようやく聞きつけた時、新政府は「仇討禁止令」を発します。

テーマは?

テーマは、彼が見事仇討を果たし武士の本懐を遂げられるかどうかではありません。
世の中はすっかり御一新されたというのに、古い時代を背負ってさすらう男達の生き様です。
あの「るろうに剣心」と重なりますね。あちらは「動」で、こちらは「静」と言えましょう。
中井貴一さんはあの強面(こわもて)を苦悩に歪めながら熱演されていますが、私はどうしてもこの男に共感できませんでした。

金吾は甘ちゃん?

そもそも金吾は事変の時、側に仕える身でありながら御槍を奪った男(阿部寛)を深追いし、みすみす主君の首を挙げられてしまう大失態を犯しています。ヌケサクなのです。
その罪を被って故郷の両親が自刃し、ために御禄召し上げ放逐を免れ御禄預かりとなります。そして「罪を雪ぎたくば水戸者の首を挙げよ」と命じられます。両親に命を救ってもらったのですね。
おまけに妻を離縁せずに手元に置き、以後妻に食わせてもらっているのです。
そして時代は明治となり、水戸も彦根もなくなって武士もいなくなった世の中で、いまだ「侍」の格好で仇討の相手を捜し続けているのです。

「なぜか?」と2人に尋ねられます。
1人は現司法省御役で、元旗本の秋元和衛(藤竜也)。
彼は「掃部頭様(かもんさま=井伊大老)は、さる安政の大獄で国を憂うる多くの者どもを断首なされた。あのご裁可こそ誤りである」とした上、水戸浪士を「国士(憂国の士)」と呼びます。
それに対し金吾は「それがしにも私心はござらぬ」つまり家禄の復旧や汚名の返上などの打算ではないとした上で「拙者はかもんさまが好きでございました」と答えます。

え、「好き」って。思いっきり私的感情ですよね。
そこにぶらさがって13年間、妻に働いてもらいつつよそ様から頂いた魚の半身を妻に分け与えて「お前も食べよ」などと言って感謝され、夫としての面目を保っている45歳って、どうなんでしょう?
しかも「好き」の理由が「かもんさまは風流を愛するお方でした」なんて。
風流を愛する一方で政敵はおろか町人、女、子供に至るまでの大量粛清をやってのけたことは不問なのです。

佐橋十兵衛(阿部寛)は臆病者なのか?

そしてもう1人、金吾に「なぜ仇討にこだわるのか」と尋ねた男が水戸浪士の最後の生き残り=逃亡者とされる佐橋十兵衛でした。彼は名を直吉と変え、俥引きとなっていました。秋元に十兵衛の居場所を教えられた金吾は彼の引く俥に乗り込みます。そして柘榴坂にて互いに名乗り合うのです。
十兵衛が名乗る「直吉」の「直」は井伊直弼から取ったもので、世の動きが井伊の主張に沿っていることを知り、敬意を示そうと思ったと語ります。作者がここで井伊直弼の評価のバランスをとっていると思われます。
直吉が独り住む長屋には思いを寄せる若い母娘がいますが、彼は自分の幸せへ踏み出すことを禁じています。自分を律して暮らす彼があの日、この柘榴坂まで逃げのびた後なぜ自刃を果たせなかったのか。
柘榴坂に咲いた一輪の寒椿が、彼を「生きる」ことへ向かわせた経緯をもっと伝えて欲しかった。

甘ちゃん的結末

一戦を交えた2人は互いに生と死の間で揺れていることを悟ります。生も死も選びきれずにいるのです。
そしてついに金吾は決断します。
「拙者はかもんさまが好きであった」と。そして「かりそめにも命を懸けたる者の訴えをおろそかに扱うなというかもんさまのお下知に従うだけじゃ」と言い放って、仇討を止めるのです。
もちろんうまいタイミングで「仇討禁止令」が出されたことに従っただけなのかもしれませんけど。
「かもんさまのお下知」って、13年前に出されたものですよね。気づくの遅すぎませんか、金吾さん?

最後にもうひと言、心を打ったシーンについて

ひとつ、原作にはないけれど心に残るシーンがありました。
町中で金貸しとヤクザ者たちに囲まれて烈しい取り立てにあっている者を、金吾が助けようとするシーンです。困っている者を見過ごしにはできないと武士の情けを語る金吾に呼応して、周りにいた町人や職人に姿を変えた元士族たちが次々と名乗り出てヤクザ者を追い払うのです。
新しい世の中になっても武士の魂は生きていることを示す印象深いシーンでした。
というわけで、映画としてはとてもよくできているのですが、主君への忠義に酔いしれる「侍」美学の甘さが鼻につく原作は、いかんともしがたいという結論に至った次第です。

主な出演者

志村金吾 中井貴一 (出演作品)
橋十兵衛 阿部寛 (出演作品)
志村セツ 広末涼子
井伊直弼 中村吉右衛門
内藤新之助 高嶋政宏

この記事を書いた人

くりちゃん
くりちゃん著者
映画を見たり、本を読んだり、音楽を聴いて気ままに暮らし、ときどきこうしてレビューなんぞが書けたら最高。酸いも甘いもかみ分けた大人のレビューが書けるといいなあ。
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