「ホットロード」~青春のポエトリー~
漫画『ホットロード』が連載されていたのは1986年1月から1987年5月でした。その頃ティーンエイジだった人たちが今ちょうどティーンエイジャーの親になっています。この映画が長く支持されているのは、そのドンピシャ世代の心を摑んだからなのでしょう。映画館には10代20代の女の子達やカップルに加え、母娘の二人連れがちらほらと見受けられました。
美しい湘南の風景
水平線に浮かぶ江ノ島のシルエット。
寂しさを湛えて海を見つめる和希(能年玲奈)には、やはり白い灯台が似合います。
そしてバイクに跨がる少年春山(登坂広臣)。
美しい風景をバックに美少女と美少年が芝居らしきものをするだけで、もうそれはポエトリーです。
芝居らしきもの、というのはこの二人にほとんど芝居をさせていないからです。話が込み入ってくると、画面はすぐ湘南の海の景色に切り替わるのです。
この映画においてストーリーはあまり重要ではないようです。ただこの二人の存在感が伝わればいいのです。
海とバイクと和希と春山。
これに尾崎豊の「 OH MY LITTLE GIRL 」が重なれば、ポエトリーの完成です。
母娘問題の今昔
母親が専業主婦であるのが主流だった頃、母娘問題といえば主に母親の過干渉によるものでした。「母親が重い」というやつです。
しかし外で仕事を持つ母親が増え、和希の母親のようにシングルで恋人がいるとなれば、当然娘への関心は薄くなるでしょう。もちろんそれは人によりけりできちんと母親をしている人もいるでしょうが、ティーンエイジの母親世代といえばまだまだ若く美しい「女」なのですから。
和希のように母親の関心を自分に向けるために悪さをして困らせる娘に対し、「めんどくさい」と感じる母親は多いと思います。そして母親の愛情を感じることのできない娘は、「自分は生まれてこなかった方がよかったんじゃないか」と悩むのです。
暴走族の今昔
バイクのエンジンを吹かせる音が、この映画の通奏低音です。
私が育った所は国道16号が走る町で、夜中よくこの音を聞きました。夜の底を切り裂くように響いてくるバイク音に悩まされたものです。
年明けの首都高で周りを囲まれ、鉄パイプを振り回しながら走る集団にビビった経験もあります。
今ではすっかり聞かなくなりました。彼らはどこに消えたのでしょう。
長引いた不況で、バイクを買い与える親がいなくなったせいでしょうか。
というわけで、暴走族のシーンには共感どころか嫌悪感さえ覚えます。
おまけに春山が自損事故で生死をさまよったかと思えば和希がものを食べなくなって入院騒ぎ、今度は一緒に暮らし始めた二人が食べた蟹にあたって苦しむという、一瞬和希妊娠かと思わせる茶番劇につきあわされます。
いろんな意味でやれやれです。
心で感じる映画
それでもそんな稚拙なストーリーの合間合間に挟まれる湘南の海の映像が、心を洗い流してくれるのです。
そう、これは頭で理解する映画ではなく、心で感じる映画なのです。
家庭に居場所を見つけられなかった若い二人が出会い、互いを必要に思うことで自分を肯定できるようになる。
恋を知り、人を愛することを通じて自分を愛せるようになり、恋をする母親を理解できるようになる。
エンドロールで海と空の風景をバックに尾崎豊の歌声を聴いているうちに、この大きなテーマがいつのまにかしっかりと心に滲み込んでいることに気づく、不思議な映画なのでした。
キャスト
能年玲奈
登坂広臣
木村佳乃
小澤征悦
鈴木亮平玉美
この記事を書いた人
- 映画を見たり、本を読んだり、音楽を聴いて気ままに暮らし、ときどきこうしてレビューなんぞが書けたら最高。酸いも甘いもかみ分けた大人のレビューが書けるといいなあ。
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