「SF/怪奇映画」特集と40年目の「ダーク・スター」

ダーク・スター

思えばソ連はSF映画の一方の雄だった

今年で36回を迎えた自主制作映画の祭典ぴあフィルムフェスティバル(PFF)。
今年の招待作品の目玉のひとつが「SF/怪奇映画」特集だった。といっても、上映作品11本中9本が旧ソ連映画で実質的に「ソビエトSF/怪奇映画祭」だったのは、スタッフの心意気だろう。

その昔はソ連邦映画輸出入公団の極東代理店だった日本海映画という会社が、当たる当たらないなどという資本主義的な考えは無視して、ソ連が誇る映画芸術を定期的に配給してくれていたおかげで、ソ連のSF作品はかなりの割合で劇場公開されていた。ソ連崩壊後、日本海映画はロシア映画社に名を変えて、今でも積極的にロシア映画のイベント上映などもしてくれてはいるのだが、輸入自由化のおかげで取りこぼしてしまう作品も多い。

昨年、単館上映されたカレン・シャフナザーロフ監督の傑作「ホワイトタイガー ナチス極秘戦車・宿命の砲火」が、他社によって戦争アクション映画として公開され、本当にこれを見るべき人にあまり伝わらなかったのは悔いが残る。
それはともかく、今回上映されたような作品の上映頻度も減っていたので、1924年の「アエリータ」から1979年の「ストーカー」まで、ソ連のSF/怪奇映画の流れを概観できるというのは好企画だった。

SF映画ブームの出発点は2本の自主映画

さて、ソ連以外の残りの2本はというと、これまた映画作りを志す若い人向けの好企画。
ジョージ・ルーカスが南カリフォルニア大在学中に課題で作った短編「電子的迷宮/THX 1138 4EB」と、ジョン・カーペンターとダン・オバノンが同じく南カリフォルニア大在学中に作った中編を商業映画化した「ダーク・スター」の2本立て。

今の巨匠も若いころはこんなものか、と思うのも、やっぱり若いころから違うな、と思うのも自由。自主映画から世界に飛び出すこともできると認識してくれればそれでいい。
「THX」は47年前、「ダーク・スター」は40年前の作品だが、その後まもなく、ルーカス、カーペンター、オバノンはそれぞれ「スター・ウォーズ」「エイリアン」「遊星からの物体X」でSF映画の黄金時代を築く。「THX」と「ダーク・スター」という2本の学生映画がなければ、今のSF映画の隆盛はなかったと言っても過言ではないだろう。

「ダーク・スター」のセンスは最高だ

40年以上前の作品で、商業映画化した「ダーク・スター」でも予算6万ドルという超低予算。今の目でみればもちろん映像はチープだが、宇宙ものにカーペンター自身の作曲になるカントリー「ベンソン・アリゾナ」を合わせたりというセンスのよさはこの映画を作った人物がただ者ではないことをはっきり示している。アルフォンソ・キュアロンが「ゼロ・グラビティ」でハンク・ウィリアムズのカントリーを流していたのは、この作品へのオマージュだろう。

そして、なんといってもSF映画史に残る宇宙サーフィン・シーンの素晴らしさ。
いささか感傷的なブラッドベリの名作「万華鏡」を妙なポジティブさに換骨奪胎したあの場面こそ、SF映画はアイディアだというなによりの証ではないかと思う。

この記事を書いた人

天元ココ
天元ココ著者
オリオン座近くで燃えた宇宙船やタンホイザーゲートのオーロラ、そんな人間には信じられぬものを見せてくれるような映画が好き。
映画を見ない人さえ見る、全米が泣いた感動大作は他人にまかせた。
誰も知らないマイナーSFやB級ホラーは私にまかせてください。
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