ディズニーファンには禁断の映画「エスケイプ・フロム・トゥモロー」を見た感想
「エスケイプ・フロム・トゥモロー」ディズニーファンには禁断の映画の魔法が解けた男の虚構と現実をめぐるダーク・ファンタジー
「エスケイプ・フロム・トゥモロー」の上映が終わって客電がついた時、満員のシアターのあちこちで「何これ」「意味わかった?」という悲鳴にも似た声が飛び交った。
おそらく「ウォルト・ディズニー・ワールド(一部はディズニーランド)でゲリラ撮影され、公開不可能といわれた、黒いプリンセスが仕掛ける幻想の脱出ゲーム」的な謳い文句に、この映画とは違う何かを期待して来てしまったディズニー大好き女子たちだったのではないかと思う。
ディズニー・ファンには禁断の映画
しかしこの映画は、デビッド・リンチかジョン・ウォーターズが、シダーポイントやシックスフラッグスでゲリラ撮影をしてダーク・ファンタジーを撮りました、と聞いて「得たりや」とヒューマントラストシネマ渋谷やシネ・リーブル梅田に向かうコアな映画ファン向けのものであって、「アナと雪の女王」にリピートするディズニー・ファン向けの映画ではなかった。
「エスケイプ・フロム・トゥモロー」の物語自体は、そう複雑ではない。
ウォルト・ディズニー・ワールドに家族旅行に来ていた男が、ディズニー王国の与えてくれる虚構の夢と魔法にかかることができず、悪夢のような現実の中でなんとか虚構を受け入れようとし、最後は虚構に呑み込まれてしまう。そういう話だと思う。
ロケ地がディズニーでなければならない理由
この虚構の魔法というキーワードは、ディズニーのテーマパークが与えてくれる楽しみそのものだが、ランディ・ムーア監督が無許可撮影をしてまで、物語の舞台がウォルト・ディズニー・ワールドであることにこだわったのには、別の理由がある。
ショーやパレードなどのエンターテインメント費や人件費を大幅に削減し、ミッキーマウスやダッフィーのようなキャラクターを全面に展開することで、テーマパーク事業からキャラクター・ビジネスに転換しつつある東京ディズニーリゾートに慣れた目からみるとわかりにくいが、アメリカ人、特に東部のホワイトカラー層にとって、ウォルト・ディズニー・ワールドは特別な意味を持っているのだ。
彼ら比較的裕福な白人層にとっては、家族揃ってウォルト・ディズニー・ワールドでバケーションを過ごすということは、単なる娯楽ではなく家族の絆を確認する儀式のように思える。
だから、彼らは家族旅行であることを強調するために、父、祖母、第一子、赤ちゃんなどと書かれた揃いのTシャツを誇らしげに着る。そういう家族のためのベイビー用から特大サイズまでのお揃いのTシャツはどこでも手に入るし、家族用にそれをプレゼントする旅行会社もある。
そうした揃いの衣装のファミリーは、自分たちの思いはどうあれ対外的に「幸せ家族」を演じることが大事であるように見える。事実、アメリカでは四六時中、快活な笑顔で有能さをアピールしていないと、無能力者と見なされるので必死に自己啓発をしているという話もある。
しかし、そうした一家でも思春期の子供たちとなると、父親の提供するディズニーの魔法にかかろうとはせず、実につまらなそうな顔で家族の集合写真に付き合ってたりすることが多い。
そういう点では、ウォルト・ディズニー・ワールドで、家族が父親の思い通りに用意されたバケーションを楽しむというのは、家族の絆とともに父親の権威を確認する儀式なのである。
この辺の事情を理解していないと、「エスケイプ・フロム・トゥモロー」がウォルト・ディズニー・ワールドで撮影されなければならなかった理由もわからなくなるだろうし、主人公の一家が何にイラついているのかも理解できないだろう。
夢の国から悪夢の国へ
本来ならばウォルト・ディズニー・ワールドで、幸せな家族という儀式を行う予定だった父親は、しかし、朝の電話でリストラされたことを知る。
宿泊しているホテルが、一泊500ドル前後する高級ホテル、コンテンポラリー・リゾートであることから、この父親が高給取りであることも察せられる。
父親は内心のショックを隠したまま、予定通りにマジック・キングダムに行こうとするが、そんな精神状態では自分が思い描いていたような幸せな家族旅行になるはずもない。
プーさんのハニーハントのアメリカ版メニー・アドベンチャーズ・オブ・ウィニー・ザ・プーでは妻にキスしようとして拒否され、イッツ・ア・スモールワールドでは、人形たちが恐ろしい形相の悪魔に見えてくる。
家族旅行だから団体行動をしたいのに、息子はバズ・ライトイヤーのアストロブラスターズのアメリカ版バズ・ライトイヤーのスペース・レンジャー・スピンに乗りたいといい、娘はアリスのティーパーティーのオリジナル版マッド・ティーパーティーに乗りたいといい、家族の足並みが揃わない。
結局、父親と息子、母親と娘の二組に分かれて行動することになるのは家族の分裂の象徴である。
息子と二人、アトラクションに並ぶものの長蛇の列、おまけに乗車寸前にシステム調整で中止となって、父親のディズニーの魔法は完全に解ける。
ディズニーの禁忌に挑む
ディズニーの健全なテーマパークにかかっている魔法の禁忌といえば、お酒、◯◯、**、乱暴な行為といったところだが、父親はまず◯◯に目覚めてしまう。
マジック・キングダムでは、歯に矯正をしているようなローティーンのフランス娘を追っかけてスペース・マウンテンに乗った結果、息子を嘔吐させてしまうし、怪我をした娘を連れて行った救護室では看護師の胸の谷間から目が離せなくなる。
◯◯の次は酒だ。
夜の花火のスペクタクル、イルミネーションズを見に行ったエプコットでは、行く先々で酒を飲んで泥酔してしまう。
ウォルト・ディズニーの遺志によってディズニーランドでは今でもアルコール類は出さないが、それ以外のパークではどこでも酒を出す。東京ディズニーランドにはノンアルコール・ビールしかないのに、東京ディズニーシーにはワインセラーのあるレストランがあるのと同じである。
ディズニー版の万博といった趣きのあるエプコットには、世界各国のパビリオンがあって、それぞれお国自慢の酒を提供しているのだが、フランス館でワイン、ドイツ館でビール、メキシコ館でマルガリータと飲みまくった父親は、メキシコ館のボートライド、グラン・フィエスタ・ツアーで水路に嘔吐するという失態を演じてしまう。
こうなるともう、家族の絆どころか父親の面子すらあやしくなってくるのだが、「エスケイプ・フロム・トゥモロー」では後半から一挙にダーク・ファンタジーらしさを発揮、シンデレラ城の地下にはウォルト・ディズニーの遺体が冷凍保存されている、ディズニーには専門の死体処理係がいる、ターキーレッグの肉は実はターキーではない、といった都市伝説をもとにしたコミカルともいえる展開になっていく。
「エスケイプ・フロム・トゥモロー」はウォルト・ディズニー・ワールドやディズニーの都市伝説に詳しければ、それだけ楽しめる作品だが、日本のディズニー・ファンには、なぜディズニーでデートしたカップルは別れるのか、という命題の答えになるかもしれない。
ディズニーランドはこうあるべきという思いこみを、そうでもない相手に押しつけようとすると、たいていはうまく行かないのだ。
監督のランディ・ムーアはウォルト・ディズニー・ワールドがあるオーランド出身だという。おそらくは思い込みの激しい父親や彼女に、ウォルト・ディズニー・ワールドで、幸せ家族や理想のカップルを演じさせられようとした苦い思い出があるのではないか、とあまりにリアルなウォルト・ディズニー・ワールドの幸せ家族の描き方を見て思った。
それにしても、こういう映画が日本で公開され、館数が少ないというものの満員の盛況になり、あまつさえグッズまで販売されるようになるとは思わなかった。
これもまたディズニー・マジックなのかもしれない。
原題:ESCAPE FROM TOMORROW
監督:ランディ・ムーア
主な出演:ロイ・リブラムソン
エレナ・シューバー
ケイトリン・ロドリゲス
ダニエル・サファディ
この記事を書いた人
- オリオン座近くで燃えた宇宙船やタンホイザーゲートのオーロラ、そんな人間には信じられぬものを見せてくれるような映画が好き。
映画を見ない人さえ見る、全米が泣いた感動大作は他人にまかせた。
誰も知らないマイナーSFやB級ホラーは私にまかせてください。
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