「トランセンデンス」人工知能が神となっても悪い気がしない

transcendence

コンピュータが人間並み、あるいはそれ以上の知性を持ちうるかという命題は、人工知能に携わる科学者より以前に、SFの中で幾度となく問いかけられてきた。
今からちょうど60年前、1954年にアメリカのSF作家フレドリック・ブラウンが書いた「回答」というショート・ショートがある。

人工知能は神となりうるか?

人類が居住するすべての星の電子頭脳を一つに結んで超巨大コンピュータを作り、今まで回答の出なかった質問をする。
「神は存在しますか?」
コンピュータは答えた。
「イエス、今こそ神は存在する」

コンピュータが人間どころか神に近い存在になるのではという恐れは、そんな昔からくり返し描かれてきた。
米ソの軍用コンピュータが結合して、人類に管理された平和を与えようとする「地球爆破作戦」、自我に目覚めたコンピュータが人類を滅ぼそうとする「ターミネーター」、反乱を起こしたコンピュータが人類を動力源として培養する「マトリックス」。過去のこうしたSF映画は、コンピュータが支配する未来をユートピアではないディストピアとして描いた。

人間の意識をコピーされた人工知能

ウォーリー・フィスター監督の「トランセンデンス」も、人間を凌駕する知性をもったコンピュータが世界を変革しようとする話だが、コンピュータにジョニー・デップ扮する科学者の意識がコピーされているというところが、ただの人工知能ものとは異なる。
もともと人間の意識を持っているので、このコンピュータは人類を滅ぼそうなどとは考えない。逆に高性能なナノマシンを作って、病気の人間を治療したり環境汚染を浄化したりして、理想的なユートピアを作り上げようとする。
しかし、人類はそのコンピュータが目指すものが理想郷であったとしてもその支配を受け容れることを拒否し、なんとかコンピュータを停止させようとする。

コンピュータによる管理された平和とそれを拒否する人類の対決という構図はおなじみのものだが、この「トランセンデンス」でそれを行うポール・ベタニー演ずるマックスたちには、「マトリックス」のネオや「ターミネーター」のサラ・コナーズのように感情移入することができなかった。
それは、ジョニー・デップと融合したコンピュータが目指すものが、あまりに現代の人類が求めるものに近く、それを阻止しようとするポール・ベタニーやモーガン・フリーマンの行動がテロリストにしか見えないせいだろう。

ネットに支配されている現実

人間の意識とコンピュータが融合する話としては、すでに20年前に押井守監督の「攻殻機動隊」があるが、そこでは人間である草薙素子と意識を持った人工知能である「人形つかい」が一体化してネットワーク全体に広がっても、それを脅威と感じる人物は出てこない。それは「攻殻機動隊」の世界が、人間がコンピュータによって結ばれたネットワークの一部になることを許容しているからに違いないのだが、スマートフォンやタブレットで24時間ネットに接続しているような今の我々もまた、ネットワークの一部となることを受け容れてしまっているのである。
一日中ラインやメールをチェックせずにはいられず、時間があればウェブに接続して情報を得るというのは、ネットワークを使いこなしているというよりも、ネットワークに支配されているように見える。
堀北真希がスマートフォンを使いこなすキャリアウーマンに扮したドコモのCMがあったが、あれなども見方によっては、朝から晩までネットからの指令を受けて働かざるを得ないディストピアに見える。

歩きながらでもスマホ・チェックをせずにはいられない我々は、すでにコンピュータ・ネットワークの支配する世界に生きているのだと思う。もし、今のネットワークが進化して病気を治療してくれたり、汚染された海を浄化してくれたなら、今以上にネット接続しなくてはならなくなったとしても、誰も文句は言わないだろう。
「トランセンデンス」のコンピュータの支配を打倒しようとする人類に同感できないのはそのせいだし、一方、毅然とした態度で理想社会を実現しようとしない人工知性化したジョニー・デップにも不満が残る。

現実を反映しない不備な展開

そもそも、ジョニー・デップ演じる科学者がネットの中で復活したのならば、「トランセンデンス」で描かれたような巨大なコンピュータ・システムは不要で、「攻殻機動隊」の元・草薙素子のようにネットワークそのものを自分の記憶媒体にしてしまえば、テロリストに拠点を襲われるという心配もなかったのではないか。
そういう疑問を抱かせる点はシナリオ的に弱いし、冒頭でこの人工知性によるユートピア作りの結末がどうなったかを描いてしまっているのも、興味を削がれる原因になっている。

巨大コンピュータ施設の描写は優れているし、テロリストに対するナノマシンを使った反撃は「充分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」というアーサー・C・クラークの名言を映像化したような名シーンになっているだけに、その辺の詰めの甘さが全体を退屈なものにしてしまっている。
夫婦愛でまとめずに、人と融合したコンピュータは人を超えて神となれるかという点を追求していけば、「トランセンデンス」は語り継がれる映画になったのではないかと惜しまれる。

【キャスト】

原題:Transcendence
監督:ウォーリー・フィスター
主な出演:ジョニー・デップ
レベッカ・ホール
ポール・ベタニー
キリアン・マーフィー
モーガン・フリーマン

この記事を書いた人

天元ココ
天元ココ著者
オリオン座近くで燃えた宇宙船やタンホイザーゲートのオーロラ、そんな人間には信じられぬものを見せてくれるような映画が好き。
映画を見ない人さえ見る、全米が泣いた感動大作は他人にまかせた。
誰も知らないマイナーSFやB級ホラーは私にまかせてください。
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