「私の男」~それは誰の心にもある欲望なのか~
ヤケドしました。 そもそも浅野忠信さんを観たくて出かけていったのです。 「黄金を抱いて飛べ」で演じた自然体の中に宿る狂気とエネルギーや、NHKドラマ「ロンググッドバイ」で見せたダンディズムに魅かれ、さらにこの作品がモスクワ国際映画祭コンペティション部門で最優秀作品賞と最優秀男優賞をダブル受賞したというニュースを聞いたので、これは是非観ておかねばと思ったのです。 でも、映画館にたどりつき、前の回を見終わって出てきたお客さんの表情を見て感じたイヤな予感は的中しました。平日の午後の回で、30~50代のおしゃれな女性を中心に席はけっこう埋まっていましたけど。
何がイヤだったのか
いえいえ、インセストダブーを扱った作品だということは知っていたのですよ。 父と娘のドロドロの絡み合いは覚悟して行ったのです。 予想通りの展開のその絡み合いの最中には血しぶきが容赦なくふたりの体にかかり、赤く染まる光景に背徳のイメージがよく表現されていると思いました。ところがです。 ふたりはタブーを犯し、さらに殺人という罪を重ねながらも、うまく勝ち逃げてしまうのです。 ふたりの世界に世間の常識を携えてやってくる人間が2人登場しますが、どちらも殺されてしまいます。 しかもその罪は発覚することなく終わるのです。 オホーツクの町から逃避行の果てに住み着きゴミ屋敷と化した東京のアパートで、廃人のように横たわる浅野忠信さんはあいかわらずダンディですし、娘役の二階堂ふみさんは美しく妖艶に成長し、都会的な好青年との結婚が決まっています。 そして映画は、ふたりの関係はこれからも続いていくことを暗示して終わります。 さんざんイヤなものを見せられた挙げ句の浄化作用が一切ありません。 やはりどこかでこのふたりには天罰を下して欲しかった。
原作との違い
映画を少しでも理解できたらと思い、原作を読みました。 桜庭一樹さんが直木賞を受賞した作品です。 大きな違いは、原作が娘「花」が結婚する2008年6月を第1章として時間を遡る形で書かれているのに対し、映画は1993年の奥尻島の大津波で9歳の「花」が家族を失いひとりぼっちになったあと、親戚と称する25歳の「淳悟」に引き取られるところからスタートし、時間通りに進行していくことです。 従って原作は結末を知った上で、それに至るいきさつを語る形になっているためわかりやすいのです。 原作を読めば、「淳悟」は「花」の心と体を完全に所有することで家族としての血のつながりを確認したかったということが伝わってきます。「淳悟」は「花」の血の中に「おかあさん」を探していたことも明かされます。 そういえば映画の中で、「俺は家族が欲しかっただけなんだ」と言って「淳悟」が泣くシーンがありましたが、これで合点がいきます。 インセストダブーは人類史上比較的新しいもので、近親婚は古来閉鎖的な集団や血統を重んじる集団では普通に行われていたそうです。 文明が進み人と人の交流が活発になり社会化が進んだことで、これを忌避するようになったのですね。 この話題には生理的な嫌悪感を抱くと同時にのぞいてみたくなる心理があるのは、古代から受け継がれた眠っている欲望があるためかもしれません。 原作では「淳悟」は「花」が結婚したあと姿を消します。 「親子ってのはさ、いつか離れていくものなんだ」 それなりに父としての自覚を保っていますね。それに比べて映画の中の「淳悟」は完全に「花」の奴隷のようになっています。 自分は徹底的にダメ人間になっているのに、婚約者の青年に「おまえには花は無理だな」などとつぶやくのです。まだ「花」への執着を捨てていません。
結末を変えたことによって浮かび上がるもの
それは「花」の生命力です。 映画の冒頭、流氷の中から這い上がる「花」の姿が示していたのは、何を犯そうが生き抜こうとする決意でした。 大災害の後、若い実父に引き取られ、異常な愛の行為を受け止め、むしろ積極的に応えることで女として成熟していった「花」。 すっかり生命力を奪われて朽ち果てていく「淳悟」や、「花」の魅力に取り憑かれて寄ってくる若い男たちとは対照的です。 実父を「私の男」と言ってはばからない女の勢いを、誰が止められるでしょう。
出演キャスト
浅野忠信
二階堂ふみ
高良健吾
藤竜也
この記事を書いた人
- 映画を見たり、本を読んだり、音楽を聴いて気ままに暮らし、ときどきこうしてレビューなんぞが書けたら最高。酸いも甘いもかみ分けた大人のレビューが書けるといいなあ。
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