「渇き。」中島哲也監督の4年ぶりの新作

渇き。

中島哲也監督4年ぶりの新作

 深町秋生の「果てしなき渇き」を映画化した「渇き。」は中島哲也監督の「告白」に続く4年ぶりの新作だ。
 だが、本来ならば「告白」の後の新作は、諫山創のコミック「進撃の巨人」の映画化作品になるはずだった。
 2011年12月に制作発表された中島版「進撃の巨人」は、1年後の2012年12月に中島監督の降板が明らかになり、新たに樋口真嗣監督作品として仕切り直されることとなった。この降板劇の真相は不明だが、いまだ原作も完結していないファンタジー作品を選ばなかったのは正解だったように思う。

 日常的な話の一部をスタイリッシュな映像に置き換えて、観客に映像的ショックを与えるという中島監督の演出法は、長編第一作「夏時間の大人たち」ですでに確立されているものだが、基本的に現実からそう遠くない物語にふさわしく、「進撃の巨人」のように最初から異質な世界が舞台の作品では、その効果が弱まってしまうに違いないからだ。

 もちろん、テレビの「世にも奇妙な物語」の「ママ新発売!」のエピソードでやったように、最初から最後まで現実感のないポップな映像で押し通すというのもありだが、原作に根強いファンのいる「進撃の巨人」では、その技法が成功したとは思えない。
 異世界の恐怖を描く「進撃の巨人」ではなく、日常生活に潜む恐怖を描く「渇き。」を撮ったのは、良い選択だっただろう。

中島哲也のヒロインに共通するもの

 とはいえ、人間に似た外見をしているがそれは見かけだけで感情も知性もなく、人間を食べはするものの消化器官がないからはき出すという、「進撃の巨人」の人の形をした怪物を中島監督がどのように描いたかは気になる。
 というのも「下妻物語」以来の中島作品では、見た目は普通だが中味は普通ではないという、「巨人」に通じるようなヒロインばかりが描かれてきたからだ。

「下妻物語」の桃子は、見た目はお人形さんのように可愛いが、クラスメイトとコミュニケーションを取ることは一切せず、ただただロリータ・ファッションだけを生きがいとする変わり者だし、「嫌われ松子の一生」の松子も、父親とのコミュニケーションを取れなかったことが遠因となって、周囲の人と良好な人間関係を築けず、次第に転落していく。
「パコと魔法の絵本」のパコは、交通事故が原因で記憶が一日しか保てず、周囲の人が前日に何を話そうが翌日には忘れて、相手は赤の他人に戻ってしまうし、「告白」の森口悠子は、娘を殺された悲しみで心の中の何かを喪失し、サイコパスの生徒以上のサイコパスと化して、生徒を恐慌に陥れる。

「渇き。」の藤島加奈子も、彼女らに輪をかけて外見と中味の乖離が激しい。

 離婚した妻から娘の加奈子が行方不明であるという報せを聞いた元刑事の藤島は、かつての経験を生かして加奈子を知る人物から手がかりを得ようとする。
 だが、調べていくに従って加奈子には藤島も妻も知らなかった隠された一面があることを知る。
 観客も初めのうちは、売春をしたりドラッグに手を出したりしている程度かと高をくくって見ていると、加奈子が友人をドラッグ漬けにして売春組織に引きずり込み、時には殺してしまっているらしい、悪魔のような存在と知って驚嘆するのだ。

 加奈子を絶対にそういう風には見えない小松菜奈が、終始笑顔で演じているのも不気味さを増す。まさに外見は人だが中に心はない「巨人」のような存在なのだ。
 その加奈子を、暴力的手段をお構いなしに使ってでも探し出そうとする藤島役の役所広司のすさんだ演技もいい。

リアルだが新味のない暴力描写

 ところが、中島監督が「グロ過ぎたら、申し訳ありません」と謝罪したという暴力描写そのものが、最近のバイオレンス映画やホラー映画を見慣れていると、全く大したことがない。
「嫌われ松子の一生」のリアルでない演劇的な暴力シーンや殺人シーンのそれと大差ないのだ。いや、むしろ松子のヒモ役の宮藤官九郎が鉄道自殺する場面の方が、馬鹿馬鹿しくも衝撃的だった。

「渇き。」では、今までの作品のように、暴力描写を戯画化することなく、リアルに描こうと努めているのだが、金属バットで殴ろうが、ナイフで腹を裂こうが、拳銃で撃とうが、ドライバーで刺そうが、どこか絵空事めいていて痛みが伝わってこない。
 そして、印象に残るようなバイオレンス・シーンや新しい殺し方というものがないのが痛い。

 唯一、妻夫木聡の悪徳刑事が車にはねられて宙に舞うシーンはショッキングだったが、すでに「下妻物語」の冒頭で深田恭子が軽トラックにはねられて宙に舞っているのだ。
 藤島が嘔吐するグロな場面も「下妻物語」のホースで水をまくように嘔吐する桃子の母に及ばないし、加奈子に恋慕する学生が殴打されて鼻に絆創膏を貼るところも、イチコに頭突きをくらって吹っ飛び、花柄の絆創膏を貼る「下妻物語」の桃子の方がよほどインパクトがあった。
 いっそ、「渇き。」を「下妻物語」のスタイルでスタイリッシュにとれば、自己模倣とは言われるだろうが犯罪映画のカルトと呼ばれるような映画ができたかもしれない。観客もまたそれを期待していたように思う。
 肝心の暴力シーンが看板ほどではなかったために、「渇き。」自体が、グロいバイオレンス映画という外見とは裏腹に、中味はからっぽという「巨人」のような映画になってしまったのは残念なことだ。

主演キャスト

監督: 中島哲也
國村隼
小松菜奈
役所広司
清水尋也
オダギリジョー
青木崇高
中谷美紀
妻夫木聡
森川葵
橋本愛
二階堂ふみ

この記事を書いた人

天元ココ
天元ココ著者
オリオン座近くで燃えた宇宙船やタンホイザーゲートのオーロラ、そんな人間には信じられぬものを見せてくれるような映画が好き。
映画を見ない人さえ見る、全米が泣いた感動大作は他人にまかせた。
誰も知らないマイナーSFやB級ホラーは私にまかせてください。
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