「そして父になる」~映画で語りきれなかったことを探る~

そして父になる

「そして父になる」のノベライズ本を読んでみました。映画の余白を埋めていくーーのキャッチコピーにある通り、映画でははっきり描かれなかったところがわかり、是枝監督が意図したものが明確になっているように思います。そのいくつかを紹介してみたいと思います。

その1:野々宮夫婦の成り立ち

大手建設会社の設計部門に勤めるエリート野々宮良多(福山雅治)が、短大卒で入社したてのみどり(尾野真千子)とつきあい始めた頃、彼には同僚でバリバリのキャリアウーマンの恋人がいました。その後みどりの妊娠がわかり一悶着あっての結婚でした。長身でハンサム、おまけに仕事もできる彼にはその他の噂もあり、やっかみ半分でわざわざみどりの耳に入れてくる元同僚などもいたようです。

みどりの母(樹木希林)が子供の取り違え発覚直後に「あなたたちのことを良く思ってない人が世間にはたくさんいるのよ。そういう ” 気 ” がさ」と言った背景は、こんな所にもありました。

実際取り違えの原因は、裕福で幸せそうな野々宮家をうらやんだ看護士(中村ゆり)が、自分の境遇への不満を晴らすために仕組んだことが裁判で明らかになります。

その2:斎木夫婦の成り立ち

斎木雄大(リリー・フランキー)は滋賀生まれ。自動車整備工、ペットショップ勤務、料理屋などを経て借金を抱えて流れ流れ、群馬の地にたどり着いて電気メーターの検針員をしている時にゆかり(真木よう子)と出会いました。

ゆかりは ” 両毛線の君 ” と地元で呼ばれる評判の美人。少々グレ気味だったに関わらず浮いた噂がなかったところへ、15近く歳の離れた流れ者の雄大と唐突に結婚してあっという間に3人の子持ちになりました。雄大のどんなところが良かったのかと聞かれて「素人なのに電気工事がうまかったから」とめんどくさそうに答えるところに、ゆかりの人柄が現れています。

子煩悩の2人はごく自然に慶多(野々宮家で育った息子)を受け入れたのに比べ、エリート家族の野々宮家ではしつけの行き届いてない琉晴(斎木家で育った息子)に戸惑うばかりです。

その3:交差する価値観

みどりの実家は前橋にあり、築40年の部屋数が6つもある純和風の家に母が一人で住み、編み物教室を開いています。その母親は「生みの親より育ての親」という言葉を引用して「里子や養子なんて当たり前の時代があった」と言います。
それを引き継ぐようにみどりも6年間身近に接してきた慶多への執着を捨てきれないでいます。

一方良多の父(夏八木勲)は老朽化したアパートで後妻ののぶ子(風吹ジュン)と暮らしています。都心の高級マンションに暮らす良多とはほとんど行き来がありません。根っからのギャンブラーである父は株にお金をつぎ込み、羽振りのいい時もありましたが、良多が小学4年生のときに負けが込んで夜逃げ同然となりました。
良多の実の母はまだ羽振りが良かった頃に学校から帰ってみたらいなくなっていて、半年後に優しくて美しいのぶ子が後妻でやってきました。兄の大輔(高橋和也)はすぐなつきましたが、良多は彼女を母と認めませんでした。

父は言います。「血だよ」と。「「これからその子はどんどんお前に似てくるぞ。お前の子はどんどん相手の親に似ていくんだ」と。
血のつながりにこだわり継母ののぶ子を受け入れてこなかった良多は、その言葉に引きずられていくのです。

その4:上司との確執

取り違えが発覚した直後に「両方とも引き取っちゃえよ」とささやいたのは、上司の上山でした。その提案に魅力を感じた良多は当初その線で話を進めようとしますが、かえって斎木家の反発を買ってしまいます。
そして補償金のことで病院側と裁判で争うことになり、それが週刊誌のネタになったことで、上山は良多に宇都宮の技術研究所への異動を命じます。自分の地位を脅かす存在を体よく追い払い、後釜にはかつて良多の恋人だったキャリアウーマンを据えるのです。
良多は雄大に父親として負けただけでなく、エリートの座からも転落してしまいます。

その5:その先の家族像

2つの家族は結局「交換」を選び、それぞれが真の親子になろうと努力しますが、これまでの6年間にできた絆は裁ち切れないことに気づきます。
映画は、会いに行った良多が慶多にあやまり、2つの家族が斎木家の店の中に入っていくシーンで終わっています。その後どうなったのかは観る人の想像にまかせるというように。

しかし小説はあと1ページほど続きがあるのです。
良多は考えます。
みんなでキャンプに行けたら楽しいだろうと。そのためには2家族が乗れる大きな車とみんなが一緒に眠れる大きなテントを買おう。そしてもっと頻繁に行き来しよう。うちにも遊びにきてもらおう。
それには東京のマンションよりも前橋のみどりの実家がいい。

「もう誰が誰の子で、誰が誰の親だか見分けがつかなくなっていた・・・」
これがこの小説の結論です。
家族の解体を意味するのか、家族の再生を意味するのかは霧の中ですが、是枝監督が意図する新しい家族のあり方がここに模索されていることは確かです。

キャスト

福山雅治
尾野真千子
真木よう子
リリー・フランキー

この記事を書いた人

くりちゃん
くりちゃん著者
映画を見たり、本を読んだり、音楽を聴いて気ままに暮らし、ときどきこうしてレビューなんぞが書けたら最高。酸いも甘いもかみ分けた大人のレビューが書けるといいなあ。
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